メンバー紹介



会長   西田たかお((有)マーレ旭丸 せたな町)

共同代表 村上健吾(村上牧場 せたな町)

共同代表 平島美紀江((株)のこたべ 七飯町)

副代表  堀野潤子(ラムピリカ 七飯町)

事務局長 ハヌルハウレット(ハウレット農園 北斗市)

会計   村上妙子(村上牧場 せたな町)

slowfoodへの思い

がスローフードと出会ったのは、20年前くらい。当時はなんとも思わなかったのですが、16年前に出産し、このままではどんどん少子化になる!子育てを楽しくしようと思い立ち、特に食育に興味関心をもち始め、食育フリーマガジンを発行しました。食育に興味をもち始めると、環境、地球など様々なことがつながってきて、食育とか環境とか一言で言えるのは「スローフード」だと。そして、スローフード発祥の地イタリアに行ったとき、言葉は全くわからないのに、「あ、スローフーダーね」と通じる体験をし、言葉は通じなくても、思想は通じるんだ!と驚きました。

私自身、スローフードに関わったことで、たくさんの出会いがありました。今、3人目を出産し、七飯町に移住し、自分も46歳になり、スローフードにお世話になった恩返しをしたい。主催する側にまわり、想いを共有できる出会いの場を作ろうと思い立ちました。せたな町の西田さん、村上さんに相談し、「やらない理由はないよね」と。

これからはもっとローカルに。

小さなコミュニティが広がったり、繋がったりして、楽しくスローフード活動をしていきたいと思っています(2018.9.19  平島美紀江)




棚の海の見える山の上で、放牧で牛を飼いながらチーズを作る。

家族とともに自然の中での生活はかけがえのないものだと、こうして改めて文章を書き綴る前にふと思っています。

スローフードと言葉でくくってしまうと、対極であるファストフードの否定から生まれた言葉であるため、排他的のように感じてしまうかもしれませんが、

そうではなく、僕はここで立ち上げた「スローフード北海道西」では、
自分や家族の生活する身近な地域を愛し、その周りの自然を豊かにしよう、そしてそこでの恵みの食を、自分や家族そしてその次の世代へとつなげ、幸せに暮らそう。
そんなささやかな思いがあれば、誰だって仲間だと思います。

人はそれぞれちがって、それぞれの仕事、価値観、思い、いろいろあることを認めあって、多様に生きることが人の豊かさなのでしょう。

僕はただただ牛を飼いながら、日々を暮らせたら何よりです。ときどき、それを分かち合える仲間と「美味しい」を共有できたら最高です。

そういう機会がここ北海道西の、いろんな町であったらいいなと願っています。

(2018.10.08 村上牧場 レプレラ 村上健吾)



めまして!ハウレット農園園主のハウレット・ハヌルと申します。僕は現在、北海道北斗市で小果樹(ブルーベリーとカシス)栽培農園を営みながら、翻訳業務やネット記事の作成など、文章に携わる仕事をしています。

僕のスローフードとの出会いは、父の存在なくしては語れません。というのも、ハウレット農園は、そもそもは僕の父であるピーター・ハウレットが始めた農園なんです。

今から30年以上前、北米の大規模農業のシステムに対して強い危惧を感じていた父は、「安心・安全な方法で栽培できる果物を日本の消費者に提供したい!」という思いから、小規模でも運営できる小果樹栽培農園を立ち上げるべく、当時日本ではほとんど誰も知らなかったブルーベリーの苗を700本ほど祖国のカナダから輸入し、現在の北斗市の圃場に植え付けました。そして、4年ほどかけて苗を育て、1990年にまとまった量のベリーを出荷できる体制を整えました。

今でこそ、「スローフード」をはじめ、「地産地消」や、「篤農家(こだわりの食材・商品を直接消費者に販売する生産者)」といったキーワードが世間一般にも徐々に浸透し始め、食に対する意識が年々高まってきているように感じますが、当園がスタートした当時は、農協や青果市場といった中間業者に出荷物を卸す以外に、生産者が利益を得られる仕組みは、基本的にはありませんでした。

生産者は、自分の作ったものを誰が食べているのか分からない。そして、消費者も、自分の食べているものを誰が作っているのか分からない。

多くのスーパーに地産地消を謳ったコーナーが設置されるようになった今になってみると(特に僕と同年代か、それよりも下の10代・20代の人たちにとっては)、にわかには信じられないような話ですが、ほんの一昔前までは、これが当たり前でした。そして、ほとんどの人がこのことに疑問を感じていませんでした。

こんな風当りの強い状況下にあってもなお、父は自力で販路を開拓しようと遮二無二頑張りましたが、最終的には専業農家として独立することを諦め、地元の学校で英語の教師として働きながら兼業農家として生きていく道を選びました。

僕が農園を引き継いだのは、それから20年あまり経った2012年のこと。父が農園を始めた頃とは違い、今ではSNSや通販サイトを活用できるようになったおかげで、消費者や各種店舗と密に繋がり、商品を直接販売し、情報をやりとりすることができるようになりました。そんななかで僕が感じているのは、「21世紀はストーリーの時代になっていくのだろうな」ということ。21世紀に入って15年余りが経った今、ようやく、作り手と食べ手が情報を発信・受信し合い、モノづくりの裏に込められた物語やドラマを共有できる素地が出来上がったんです。これって、本当に凄いことだと思います。

僕の父は、農園を始めた20代の頃から、生産者と消費者がお互いを信頼し合い、認め合いながら、お金や情報を双方の間で循環させていくことのできる仕組みを作ることを夢見ていました。そして、そんな父の理念や考え方は、2代目である僕の中にもしっかりと受け継がれています。だから、父と僕が続けてきたハウレット農園にとっての「スローフード」とは、「消費者とストーリーを共有すること」なんです。

それと、もう一点。僕は、スローフードとは、言うなれば「生き方」だと思っています。だから、スローフードを実践する人それぞれが、自分なりの解釈を持っていていいと思うんです。僕みたいに、「スローフードってストーリーだよね」って言う人がいてもいいし、平島代表みたいに「スローフードってローカルだよね」って言う人がいてもいい。「スローフードって食育だよね」って言う人がいてももちろんOK。極端な話、「スローフードも大事だけど、ファストフードも便利だからたまには必要だよね」って意見も全然アリだと思います。

みんながそれぞれ、自分のできる範囲で、自分なりのスローフードを実践しながら、SNSで情報を共有して、定期的に集まって一緒に勉強したり、作業したり、食事したりすることのできる、ピースフルなコミュニティを作っていけたらいいなと思っています。

スローフードを通して、これからどんな人に出会えるのか、とてもワクワクしています。 僕も、このコミュニティに関わりながら、ゆっくりと、じっくりと、自分なりのスローフードを実践していこうと思っていますので、暖かい目で見守っていただければ幸いです。よろしくお願いいたします!

(2018.9.21 ハウレット・ハヌル)

slowfood hokkaido nishi
since 2018.09.19
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